対談記事とか
雑誌のインタビューやエッセイに、早坂さんが登場しているものを集めてみました。
「漫画の手帖9号/大塚康生特集」のエッセイ
(1982年9月:漫画の手帖事務局:漫画の手帖No.9)
−本文−
★大塚康生さんはアニメ界のパトリック・デパイユだ!★
「え?大塚さん特集!わーい車・車!!」とかいって簡単に引き受けてしまった。
旧ルパン第1話、あれを初めて見た時はブッとんだね!中学の時かな・・・すごかったあ!
(カリオストロのカーチェイスとはまた違った意味で・・・)
その後もレース物のアニメはいくつかあったけど・・・どーもいまいちピンとこないんだよね。
シビアな(オーバーアクションの迫力も)あーいう車の走りはやっぱり大塚さんが最高!
なんかこう職人的な徹底した所があるでしょ。
あの、ティレルなんかに乗ってたデパイユおじさんと共通するものが感じられるんだよね。
(2・3年前・・・どのレースでも、あれっと思うと、しっかり2位でゴールしてるんだ。
1着が1回あったかな?)
いつか宮崎さんと組んで、Wニッケルレース(それこそミニからBMWターボ、
13B積んだRX−3、はてはダッヂのトラックまで出しちゃっておもいっきりハデに・・・
そしてリアルに・・・)いつかやってほしい!
映画「ミニミニ大作戦」大塚・宮崎ファンで見てない人はぜひみてみて!
★ところで峰不二子ちゃんの話★
こういうタイプの女の子(女の人かな)ってのは、そーとーシンドイ所あるよね。
へたな男以上の能力あるし、気まぐれだし、何考えてるのかわかんない所あるし、
いつ裏切られるかわからん・・・普通の男じゃ手におえないよ。
でもホントはすごく弱い所あるし、甘えっ子だし(たぶん)宝石やニセ札の原盤なんて
どーでもいいんだよね。
ルパンに甘えているだけじゃないのかな?(じゃれてるっていうか・・・)
実は、画面に出ないルパンと二人きりの時は(なれ合いや、かけ引きぬきで)すっごく
ルパンに甘えてたりして・・・。
ルパン追いかける不二子逃げる。ルパン立ち止まる不二子ふり返る。
ルパンまた追いかける不二子逃げる・・・これじゃ一生つかまらんわな。
(つかまってほしいとも思わんが・・・)
でも、ルパンが不二子をつかまえた時を見てみたい気もするけど。(フクザツ)
やっぱ、旧シリーズの不二子が一等すきさ
−END−
(情報提供:T.K様)
「SFマンガ競作大全集」の「漫画家フリートーク」
(1983年1月:東京三世社:SFマンガ競作大全集PART17:P237)
−本文−
ちょっとキザなことを 早坂未紀
期待の新鋭、早坂先生の知られざる日常生活!
人から「何色が好き?」と訊かれると、以前は「白と黒かなあ」などと答えてたんだけど、
近ごろは色を使うことが増えたので、そうも言ってられなくなった。(え、えらそーに、ぺっぺっ)
数ヶ月前、フラっと入った近所の画材店でポスターカラーのスカイブルーとコンポーズブルーを買った。
絵の具はちゃんとあるんだけど。まさに衝動買いである。
その時の頭の中には前日見たアニメ(何だったか忘れた。)のバック−まっ青な空と深い海−しか
なっかたのだと思う。
「あーいう海が描きたい」そう思いながら、ポスカラの約半分が消えた時にはもう、
ほとんど青色中毒になっていた。
昔、某デザイン学校時代、クラスにロックやってるのが居て、(ちなみに絵もうまかった)
一度そいつの家へ遊びに行った。室へ入って驚いた。
一面壁といわず、天井といわず、どこもかしこもまっ青なのだ。
青くない物といえば、ステレオと二台のキーボード、そしてそのアンプ。
真夏で外はカンカン照りだというのに、その室だけは妙にヒンヤリして・・・。
ぺたっと床にすわって天井を見上げると、何だか・・・ホントなんていったらいいのか・・・
タバコの煙がユラユラ空間をゆらして、まるで自分が深海魚か、海底人にでもなったよーな気がして・・・
スッと体が青にとけ込んでしまいそーで、それから、ズンズン沈んでいくよーな、危険な快感・・・。
(ちなみに彼はペンキ屋の息子で、自分でペタペタぬったそーな)
帰り道でフッと思い出したのが、イラストレーター高谷りんさんの小冊子「りんりんブック」の中の一話、
「びんづめ屋」。
学校の帰りに買った青い小びんを開けると、まわりがみんな、自分の目までも青くなってしまった。って話。
「ああ、あーいう感じなのか、まわりがみんな青くなるっていうのは・・・。」
ほんの一項足らずの話がフワッと頭の中に拡がった。
駅のホームで鏡をのぞき込み、青くなっていない自分の目にホッとしながらも、なんだかちょっと残念だった。
現在の青色中毒も、このあたりに根っこがありそうだ。
もし今「何色が好き?」と訊かれたら「深〜い海の色」と答えるだろう。
余談だが、この前(冗談半分で)パイオニアのPE101を使った小型スピーカーを青くぬりJBLのステッカーを
貼った。もの知り顔の友人が言った。
「おっスゲー、JBLじゃねーか。」
−END−

「漫画の手帖11号/小田部洋一特集」のエッセイ
(1983年2月:漫画の手帖事務局:漫画の手帖No.11)
−本文−
宮崎さんの飛行機は乗ってて気持ちいいんです
宮崎さんへ。
「あんな鉄のかたまり(現用旅客機)飛ぶわきゃない!」が口ぐせのジェット機マニアの友人がいます。
「それもそーだ」とか思いながら、ガタガタ震えるジャンボの翼端を窓からながめることがあります。
・・・宮崎さんの飛行機は(たとえドンブリ鉢のよーなフライングマシンであろーと・・・)なんだか
飛びそう−−−わっとんでる!わーっ地面があんなに!!
そんな感じなんです。宮崎さんの飛行機は、乗ってて気持ちいいんです。
(同誌:裏表紙)
「Comic Box Jr.」の「早坂未紀ランダムトーク」
(1983年4月:ふゅーじょんぷろだくと:Comic Box Jr.創刊準備号)
Comic Box Jr.創刊準備号には「小特集:早坂未紀ランダムトーク」というページがあります。
雑誌で早坂さんの特集があったのは、この本が唯一だと思います。
−本文−
◎◎ゴレンジャーごっこなら自信があります・・・と書いて和田先生のアシストに合格した。
(編集):早坂さんはこっちの出身でしたっけ?
(早坂):富山です。
(編集):というと上京してきたのはいつごろですか?
(早坂):18の時だからもう10年近くになりますね。
(編集):じゃ高校を卒業なさって・・・。
(早坂):卒業して千代田デザイナー学院に。
多摩美と京都芸術大学受けてすべって、で、無試験の千代田デザイナー学院というのに
一応願書出してあったんで。グラフイックデザインの方です。
入学金を10万ぐらいとられて、その上寄付金も10万かな(笑)。
(編集):で、そこを無事、卒業なさって・・・?
(早坂):いや、中退です。字を描くのがだめでレタリングの課題をため込んで一つも提出
しなかったら進級できなくなったという(笑)。
いいかげんなものでも出しとけば良かったんだけど。で、やめて。
その時、同じクラスに今、矢口高雄のチーフアシやってる人がいて、学校で一緒に同人誌
作ってたんですけど、青焼きのコピーとかゼロックスとか5号ぐらいまでつくってて、
それがまあ学校やめたのと同時ぐらいですね。
そのうち、やっこさんの方はアシスタントになりだして、こっちもアシスタントの仕事が
入り出して、まんがもいいなあ・・・とか。
(編集):じゃ最初からまんが家志望というわけじゃあ・・・。
(早坂):そういうわけではないんです。まあ、まんがは描いてましたけどね。
絵が描ければよかったんです。美大めざしたのもそんな感じで。
(編集):やめちゃった後は?
(早坂):ちょっとアシスタントをやったりしながら・・・。
(編集):どの辺の・・・?
(早坂):あーそれはちょっと・・・バレると(笑)。
そーでもないか。少女まんが系の方を少しやってて・・・。
(編集):誰です?
(早坂):言ってもいいのかなあ、いいんだろうな・・・和田慎二さんとか。
8か月間ずっとカンヅメだったですねえ。
ちょうど「スケバン刑事」をはじめた時で、アシスタントの募集があったんです。
で、その募集の条件の中に背景がかける人とか男女は問わないとか年はいくつまでとか
あって、最後に一番下に「ゴレンジャーごっこにつきあえる人」とあって(笑)。
それで応募する時にカットを同封して最後に「ゴレンジャーごっこなら自信があります」
みたいなこと書いて、それで通ったというみたいな感じがあるんですけど。
なんかいいかげんなアシスタントだったですねえ。
(編集):少女まんがっぽい色塗りのテクニックなんかもそこで?
(早坂):いやあ、和田先生は全部自分で塗ってましたから。
同人誌のころから色を塗るのはわりと好きだったから自然に覚えたというか。
特に感覚的な部分はそうですね。
技術的なものは村上もとか先生のところに移ってからですね。
(編集):自分では少女まんが的だとか思いません?
(早坂):やっぱり和田さんの感覚をずっとひいてるんじゃないか・・・って気はします。
でも、別にキャラ描かされたわけでもなく仕上げとかちょっとやってただけだから見て
いて影響受けたっていう感じかな。もともと和田先生が大好きでして、和田先生んとこで
アシの募集をしないかな、とずっと待ってたわけです。
アシスタントならどこでもいいっていうんじゃなくて。
◎◎山手線の全駅でおりてレコード店を捜しアニメのレコードを競争で買いあさった・・・。
(早坂):和田先生の影響っていえば、アニメにのめり込むようになったのは和田先生のところに
行くようになってからですよね。
和田先生のところに行った最初のころは、みんなが「ホルス」の話をしていても
「ホルスって何?」とかいって本当に知らなかったんですよ。で、その後、狂い出して。
そこに遊びにくる女の子もなんか好きでねえ。
ぼくの場合、アニメとか特撮とかのレコードを集め出しまして。
もうそこら中、足を棒にして捜したりして。
たとえば山手線の各駅全部おりてそこのレコード店を捜すとか(笑)。
西武線沿線上とか東武東上線とかね、各駅、全部捜したんですよ、実際。
5つぐらい駅を回って一枚か二枚掘り出しものがあれば、収穫あった・・・という感じで。
アシスタント料はほとんどそこにつぎ込んでね。
学校はやめたけど仕送りをまだだしてもらっていて・・・アシスタントは食えないんで
ねえ・・・とか言いながら(笑)。LP、シングルあわせて300枚ぐらい集めたかなあ。
和田先生も昔から集めていた・・・とぼくは思ってたんですね。
でもあとから話を聞くと、ぼくともう一人いた女の子と、この二人をほっておいたら
もうそこら中のレコード屋から、アニメのいい、古いレコードがなくなってしまうに
違いないという危機感で集めだしたとか(笑)。
こっちは「和田さん、これ買った・・・?」とか言って刺激してたわけで。
(編集):トラブルメーカーに入るきっかけというのは?
(早坂):それはね、和田先生の知りあいのいまいかおる先生のとこに手伝いにきてた女の子が
トラブルメーカーの人だったんですね。で、おもしろそうだって思って。
学生のころやってた同人誌は解散しちゃっていたし。
仲間が欲しかったというか・・・ちょっと顔出しておもしろそうだったんで。
(編集):いつ頃です?
(早坂):えーと入ったのが4年か5年くらい前になりますか。
(編集):「トラブルメーカー」では何作ぐらい作品を?
(早坂):「東京遊撃隊」と未発表の続編ですね。「337」というタイトルでこれが64貢であと
10枚ぐらい残してまして、これが未定のままです。
それ以前にも自分らでやっていた同人誌とかにも描いてたんだけどそっちは今はもう
どこに行ったのか本さえもない・・・という。
それから知りあいの「やかん」というグループがありまして、そこでカットとか表紙とか
毎月小さいもん出したこともあって・・・あとは地下のほうで少し(笑)。
◎◎「フリス」は限定500部という最初のことば通り再版はしたくない。コピーは勝手に・・・。
(編集):で、モンダイの「フリス」なんですが・・・?
(早坂):あれは何年前だったかな、'80年でしたっけ。その2・3か月前から描き始めたもので、
もとをたどればスケッチブックに色つきで描いたのが6冊か7冊あって。
「フリス」を出す1年くらい前から描き始めてて、それを吾妻さんに見せたんですよ。
"カトレア"に居た時に。吾妻さんに会えるかもしれないってことでこの近くに越して
きたっていうのも半分ぐらいあったぐらいで中学ぐらいからファンだったんです。
そのうち"カトレア"で会えるだろうと思っていたら、写真で見たあの顔だってわかって、
持ってた「マンガ少年」に吾妻さんが載ってたんでサインもらったんですよ。
それから吾妻さんの単行本を買うと"カトレア"にいくようになって顔見知りになって。
で、だいぶ後になってから吾妻さんにそのスケッチブックを見せたんです。
それがきっかけで、吾妻さんのところの常連の人たち−−−北岡さん(沖由佳雄)なんか
ともつきあいが始まったんです。
で、そのスケッチブックをもとにして安直に本を出せば売れるんじゃないかと。
まあ、自分のイラスト集−−−きれいな感じで、出したいって気持ちがありまして。
出すならとことん凝ろうっていうことで薄ズミを使った絵にちゃんとアミをかけたり
したんです。
最近になって品切れだとか再販してくれだとか言われて困っているんですが、そのコミケで
500作ったうちの250冊売れたんです。
他と比べれば売れた方かもしれないけど半分ですよね、1日がかりで。
それで残った250をあちこち手回しして、「ふりー・すぺーす」で売ったり色々やって、
けっこう苦労して売ったという感覚があるんです。
今だったらかなり高い値がついているけど苦労したという印象がつよいから再版したりは
したくないですよ。
(編集):初版限定500部のままつらぬき通すと・・・。
(早坂):ええ。初版限定というのは最初から説明してあるんで。
でもまあ個人でコピーして楽しむぶんには貸しレコードと同じでかまいませんし。
大量にコピーされてばらまかれてもこっちはわからないしね。
(編集):あれは1部いくらだったんです?今でこそ2万円で古本屋で売られているけど・・・。
(早坂):300円。原価が200円ぐらい。
ほんとは原価が300円で500部で15万円の印刷費だったんだけど印刷屋の
社長さんが絵を気に入ってくれて、ハイライト製版のところを安くしてもらって
5万円ぐらい浮いたんですね、最終的に。
で、そのお金はぼくと会とで次に出す本に回そうということになったんです。
結果的には200円のものを300円で売ったことになるんでしょうけど・・・。
(編集):でも手間とか考えれば正当な値段ですよ。
(早坂):まあ、今の2万円という値段を聞くと・・・。
でも当時は300円でも高すぎると思ってたんですよ。
(編集):ロリコンをやろうっていう気は早坂さんの場合なかったんでしょ?
(早坂):そおいうことはわりとどうでもよかったんですね。
(編集):なんかブームに巻き込まれていった被害者とゆーか・・・。
(早坂):いや被害者ではなく、好きこのんで巻き込まれるタイプでありまして(笑)。
いつまでも続けようという気はねェ・・・みんなもそうだけど。
ぼくの場合、「ふゅーじょん」のロリコン特集でイラスト使ってもらったのが初仕事
みたいなものだったし・・・。
(編集):あ、それまで全然・・・。
(早坂):ええ、原稿料とかもらったことなかったです。
あ、新聞に載ってねえ、図書券を(笑)中学の時。
そのあと徳間の「リュウ」で8ページ・・・。
(編集):「はらはらフェアリー」。
今度平凡社の百科事典の「ロリコン」の項目に載るとゆー(笑)。(※本当の話です)
持ち込みとかの経験はないんですか?
(早坂):一度、某「少年サンデー」に、「東京遊撃隊」の原稿を持っていっていろいろいわれて
めげて帰ってきて。
周囲からのせられて持ってけ持ってけと言われて持ってったんだけど同人誌用の原稿
だったしまあ・・・(笑)。
(編集):以前から「ジャンプ」進出の噂もありますが・・・?
(早坂):ええ知っている編集者が持ってこいと言ってくれてるんですが、持っていこう持っていこう
とすると甘い話が・・・(笑)。
(編集):困った仕事が(笑)。
(早坂):なにもいちゃもんつけずに描かしてくれて原稿料をくれるという仕事が入ってくる(笑)。
(編集):ずいぶん困った仕事も入ってくるでしょう。「○○○○○」のカバーイラストとか(笑)。
ロリコンという形で評価されることに抵抗はあるでしょ、やはり、
(早坂):それほど深く考えてないですよ。ぼく自身がそうだと思われると困るけど(笑)。
まんがやイラストはそういう形で受け入れられているのも事実だから、それを無理に
否定したって意味がないですよ。
−END−
「SFマンガ競作大全集」の「仕事部屋訪問」
(1984年5月:東京三世社:SFマンガ競作大全集PART25)
SFマンガ競作大全集には漫画家の仕事部屋を紹介するコーナーがあります。
この本のPART25に、早坂さんの仕事部屋が紹介されています。
この記事は、アパートからマンションへ引っ越してすぐの取材のようです。

上のページの集合写真の部分を拡大してみました。

早坂さんのとなりに座っているのは、やはり早坂みけさんでしょうか?
−本文−
(編集):引っ越し早々の仕事部屋訪問ということですがあの大荷物はどこへ?
(早坂):あの大荷物は押入れに行ったんです。
(編集):前のアパートにはどのくらい?
(早坂):1階に2年、2階に5年居ました。
(編集):じゃあ、もうアパートの主(ぬし)って感じですね?
(早坂):いちばん長かったです。
(編集):今回の引っ越しはどーいった理由で?
(早坂):もう、狭いところはいやだ!!広いところへ移りたい!!といった理由です。
(編集):アパートはとり壊されるとか。
(早坂):そうです。今年の終りにはとり壊されます。床が傾いていたもの・・・。
地震の時なんかタテ揺れよりもヨコ揺れの方が怖かった。
(編集):新居はどうですか?
(早坂):TVさえなければ広いです。あれがあると邪魔っけでしょうがないっ!!
(編集):でも、ビデオとかは?
(早坂):「忍者部隊月光」が面白いけど・・・あんまり観ない。
(編集):じゃあ1日中、仕事を?
(早坂):みたいな、そうでないみたいな・・・。
(編集):仕事の時間帯は?
(早坂):昼過ぎに起きて、夜12時過ぎから仕事を始めて明るくなったらやめる。
(編集):その深夜までの空白の時間は何をしてるんですか?
(早坂):駅前のカ○レ○でボーっとしてます。
(編集):″麻衣子″について一言。これからどんな子に育っていくんでしょうね。
(早坂):たぶん、25くらいになったら能力が消えて普通の女の子になるんじゃないですか。
(編集):最後にこれからやってみたいことをどーぞ。
(早坂):実はこれ、内緒なんだけど絵本を出したいんです。
マンガ家・早坂未紀としてではなくて、自分で企画をたてて、どこぞの絵本の出版社へ
持ち込みをしたい。
もちろん全部オリジナルで。でもこれは秘密ですよぉ。(と不気味に笑う)
−END−
「WHAT」の「スーパーエッセイ3」
(1986年02月:東京三世社:WHAT2月号)
−本文−
★ボクは二週に一度海の水を飲み干している。
早坂未紀
「海の底に・・・」
もうだいぶ前のことになるけど、東京で地震があって・・・。
まァ、それほど珍しいことでもないんだけれども、その時はあせったね。
(もちろん震度5って言う大きさってこともあるけど)
その2ヶ月ほど前にセットした120cmの水槽、これのせい。
それまでは45cmと60cmの水槽数本でチョコチョコ熱帯魚飼ってたんだけど、
それぞれがだんだん大きくなるわ、ポロポロ仔を産むわで、
まあ手狭になったんで120cm2段アングル台と120cm水槽を買いこんで、
とりあえず上段に1本セットした。
で、件の地震、まあ揺れるわ揺れるわ、必死になって数分間押さえ・・・というよりは、
しがみついてたって感じだけど、さすがにピピッたねあん時は。
割れたら終りだもん。
120cmの水槽って言ってもピンとこないかもしれないけど、タテ、ヨコ、奥行きが45cmX120cmX45cm、
水量はだいたい250l、ちょっとしたお風呂の水より多いんだからね。
重さだってピアノ(アップライト)なんかより重いしね。
それが、三階のこの部屋でハジケてみなさい・・・まるで“食卓の無い家”だよ。
金魚食っちゃうからね。
前に一度水こぼした事あって、二階の大家さんちに漏っちゃってもう大騒ぎ。
笑いごっちゃないよホント。
ま、その時はメロン一個でなんとかおさまったけど、二度目はそうはいかない。
(その時とは水量がくらぺものにならない)
次の日、なじみの熱帯魚店へ行くとやっぱり昨日の地震の話。
いやあ揺れたゆれた、水が少しこぼれた。
さすがにあれくらいじゃ割れたりはしなかったみたいだけど。
横で水槽の水とり換えてた店員が、
「いやあ、揺れがヒドイ時はなまじ押さえないで逃げた方がいいですよ。」
そ、そりゃまあそうだけどさ・・・でも、お店とちがってこっちは安マンションの3階だぜい・・・
などと言ってみてもしょうが無いか。
ま、結局、水糟をもう少し低い台に移すことにしたんだけど。
もうこれ以上どーにもならんので、あとはなるぺく大きい地震が来ないよーに天に祈るだけ。
これでもだめな時は・・・このビルそのものがあぶない時だけどもね。ははっ。
おっといけない本題!
子供の頃読んだ絵本で「シナの五人きょうだい」ってお話。
ある所に(タイトルからしてシナだと思うんだけど)仲の良い5人の兄弟が住んでました。
5人が5人それぞれに特殊な能力を持ってた。
1人は火で焼かれても死なない。
1人は海の水を飲み干すことができる。
また1人は首を切られても死なない・・・・・・っていう風に。
ある時事件(というより事故)が起って兄弟の一人が犯人として逮捕されてしまう。
それを残った4人の兄弟がそれぞれの能力を活かして助けるってお話。
とても気に入ってるお話なんだけども、特に、その事故の件。
海の水を飲み干してしまう能力(これはスゴイ!)を持った兄弟の1人(こいつがまたお人よしでね)が
近所のガキにせがまれて、ある日それをやってみせるわけ。
それもあまリ長い時間やれないから、遅くならないうちに戻るように言い聞かせてあったにもかかわらず
そのガキは海の中へ行ったきり戻ってこなくて、ガマンできなくて水をはいちゃうんだよね。
で、その子は死んじゃって・・・でまあ犯人にされちゃうワケなんだけども。
その海の水を飲み干すシーンがずごくてね。
っていっても別に絵としては大したものが描いてあったワケじゃなく、筆でガチャガチャと
干上った海の底らしきものが描いてあっただけ。
だけど子供の目にはいろんな物が見えちゃうし、その先(ページの外の海)も想像しちゃうんだよね。
ものすごく大きな魚が水が無くなってとびはねてるかもしれないし、
難破船の残骸がころがってるかもしれない。
難破船にはたくさんの財宝が当然積まれていてね。
一日中でも空想をめぐらしていられるんだよね。
ボンヤリとしてよくわからないからよけい想像しちゃう。
だからボクなんか漫画描いてるようなもので・・・。
自分が見たいから描いてるような所あるから。
それで金までもらおうってんだからなかなかずうずうしい。
なんか前半と話がつながらないようだけど今、(というよりずっと昔から)一番
想像力かきたてられるのが、水の中、海の底なんだよね。
ボクの部屋には小さな海がある。
いろんな魚や砂や石ころや岩や流木、水草、そんなものがゴチャゴチャある小さな海が・・・。
このあいだ水換え用の小きな電気ポンプを買った。
ボクは今、二週に一度海の水を飲み干したりしている。
−END−
(情報提供:Watoson様)
「WHAT」の「What's talk」
(1986年06月:東京三世社:WHAT6月号)
−本文−
汗もひっこむカレー
隠し味を主人公にする!?
「麻衣子」でおなじみの早坂センセ。
麻衣子誕生!のお部屋は大泉学園の駅から約一分半−と以前のインタビューのとき載せたら、
それをモトに捜して尋ねてきた読者がいるっ!!というお話から始まって・・・。
その人から、その後コマイ貰ったんです。ありがと〜ございました(笑)。
前に本名で書いてたから、それで電話番号調べたみたいです。
早坂未紀は、もちろんペンネーム。早坂っていうのは、以前読んだマンガの女の子の姓。
何のマンガかは捜してみて下さい。
麻衣子のきっかけは・・・。
その場をしのいで!!連載になるようなのを、と。
イヤ、ほんとはもっと明るい話を書こうと思っていたけど(笑)
麻衣子の血液型と同じ AB型で、センサイな乙女座である早坂センセ。
昭和30年の9月5日生まれです。
少年の頃はポーッとしてました。
英話のリーダーの時間に、先生に指されて、ガイドをそのまま読んでみんなにパレたり・・・。
マンガ書き始めたのは、中学の終りから高校あたり。
その頃読んでたのは「少年」「少年サンデー」「マンガ王」かな。
中学の時は、“巨人の星”を見て野球部に入ったし・・・。
石森章太郎さんなんかもよく読んでた。
マンガ家になったきっかけは、石森さんの「マンガ家入門」の世代なわけだから。
マンガ家になる人って、だいたい常識人ですよ。
ただ、人に「うけたい」って気持があるんです。
ホントに、単にうけたい、っていうか。
歌が歌えるもんなら、歌ってるだろうしね。
まァ、マンガしか書けないから、マンガ書いてるだけで・・・。
マンガ家って、そういう人多いいんじゃないかなァ。
早坂センセの部屋にはカワユイ女のコのキリヌキがいっぱい!!麻衣子誕生のヒミツか?
自分のファッションセンスはあまり信用してませんので(笑)。
原宿とか銀座とか歩いてて、外人の子どもが面白いと思う。
それからスタジャンにアポロキャップで、カメラ首からぶら下げて歩いてる外人観光客のおじさん。
何気なく歩いているのが絵になっていて。
参考書は子ども向けの雑誌「セサミ」とか、近くの子ども服店で見ててアッ、カワイイなっ、と。
キャラのファッションもさることながら、早坂センセの作るカレーも本格的だぞっ!!
カレーなら、三食たぺても一週間や10日じゃ飽きない。
汗が出るというより、ひっこむくらいのカレ〜味!ニンニク、タイム、セージにトマトジュースと、
どんどん入れて。隠し味の集合体のようなカレーが出来るんですよ。
マンガにも隠し味してるけど分かる?
−END−
(情報提供:Watoson様)
「WHAT」の「ファンタジックトーキング」
(1986年12月:東京三世社:WHAT12月号)
−本文−
「海があって老船長(ジジイ)がいて・・・」
ファンタジックといえば海の中、森の中、地下室・・・など
ゴチャゴチャ物があるところを連想します。
影の部分がある所というか・・・。
だから家の中なんかは全然ファンタジックでないと思って(笑)
ただ部屋に水槽を置いてるのでボーッと水槽の前にいる時は、
なんとなくファンタジックな気分になりますけど。
ファンタジーって頭の中から出てきたもので腐ったり発酵したり
したものじゃないかと思うんです。
だから、マンガを描いている内に描きながら思い出すことがあって、
頭の中に沈殿していたことがかきまぜられるというか、
ひっくり返したみたいになって出てくることがあります。
でも自分の好きなイメージは、「海」と「老船長」。
やはりファンタジーって、自然のものの中にあると思うけど、
それぞれの自己主張があって、手を出そうとしても跳ね返される。
でもまぁ、ファンタジーは、水と土があって・・・という
イメージから始まります。
★ファンタジックなイラスト物語「セルフィン−家出した猫の探し方」を
描き下ろした早坂先生。12月発売なのでお楽しみに!!
−END−
(情報提供:teriri様)