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1960年代の資料


1960年


1961年


1962年


1963年


1963年3月:週刊少女フレンド 12号

 (1963年3月:講談社:週刊少女フレンド12号:表紙)

 

この頃の少女漫画の表紙には欧米人のモデルがよく登場します。

 (同誌:P031)

 

漫画はほとんど男性が描いていて、目の中に星はまだありません。

 (同誌:もくじ)

 

少女向けの雑誌は時事ネタがあまり登場しないので、当時の時代背景がよくわからん・・・。


1964年


1965年


1965年5月:週刊少年マガジン 22号

 (1965年5月:講談社:週刊少年マガジン22号:表紙)

 

表紙はアメリカ海軍のF4の写真です。パイロットのスタイルがSFっぽくてカコ(・∀・)イイ!!

 (同誌:P10)

 

特集はベトナム戦争のベトコンゲリラの解説です。

木に吊り下げた手榴弾や、竹クギの落とし穴などゲリラの戦法が紹介されています。

 (同誌:もくじ)

 

 (同誌:裏表紙:一部)

 


1966年


1967年


1967年9月:COM 9号

虫プロ商事が1967年に創刊したまんが専門誌です。

まんが家を目指す若者のために、同人誌の作成を推奨したり、

新人の発掘を積極的に行っていました。

 (1967年9月:虫プロ商事:COM9号:表紙)

 

吾妻先生は学生時代に地元の「ぐら・こん北海道支部」に参加していたそうです。

この号では、北海道支部の会員6人が編集部を訪れた記事が載っていました。

 (同誌:P219:一部)

 

会誌「ミロ」も掲載されていますが、会誌には吾妻先生の作品は載っていないそうです。

 (同誌:もくじ)

 


1968年


1968年1月:週刊少年キング 1号

 (1968年1月:少年画報社:週刊少年キング1号:表紙)

 

潜水艦に取り付けた音波砲で円盤を撃墜する迫力の表紙は、高荷義之先生の絵です。

この頃はまだUFOという言葉が一般的でなかったらしく、すべて円盤と表記されています。

 (同誌:特集)

 

カール・セーガン博士によると、月の裏側に円盤の基地があるらしい。

 (同誌:もくじ)

 

 (同誌:裏表紙:一部)

 


1969年


1969年3月:週刊少年サンデー 14号

 (1969年3月:小学館:週刊少年サンデー14号:表紙)

 

 (同誌:特集)

 

ギャ━━━━(TдT)━━━━ッ!!!!!!

少年誌に脳手術のカラー写真!モザイクかけないとネットに掲載できません!

当時の少年達はどんだけグロ好きなんだ?

 (同誌:広告:一部)

 

吾妻先生の作品が商業誌で初めて掲載されたのは、この号のマンガの余白部分に

描かれた4コママンガでした。

故手塚先生の「0次元の丘」という作品の上側に掲載されていました。

 (同誌:P30)

 

しかし、作者の名前が明記されていないため、正式なデビュー作は次に紹介する

「リングサイドクレイジー」という事になっています。

 (同誌:もくじ)

 


1969年3月:週刊少年マガジン 14号

創刊10周年を記念して、マンガ家の集合写真が表紙に使われています。

 (1969年3月:講談社:週刊少年マガジン14号:表紙)

 

 (同誌:P129:一部)

 

右側はページの継ぎ目になっているため、うまくスキャンできませんでしたが、

上が石森章太郎先生、その下が桑田次郎先生です。

 (同誌:広告:一部)

 

モーター室に水が入らないようにたっぷりセメダインを塗っていると、

途中で足りなくなるんだよねー。

 (同誌:もくじ)

 

マンガの本数は少なく、特集やパズルなどバラエティに富んだ内容となっています。


1969年12月:吾妻ひでお先生デビュー

秋田書店の「まんが王」の付録「最新版プロレス大百科」に掲載された

「リングサイドクレイジー」という作品が吾妻先生のデビュー作になります。

 (1981年7月:虎馬書房:妖精の森:P51)

 


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